農業を仕事に、暮らしに。行田という土地で「片山農場」

人図鑑

片山農場 片山 隆士 さん

事業内容

有機農業を中心に米・麦・大豆の栽培、年間約60種類の露地野菜を生産
農産物の農場受け取り、自然食品店への卸、オンライン販売
農業体験や食にまつわる体験活動の企画・運営
加工所・直売所「おおけや」の運営

プロフィール

さいたま市生まれ。小学校時代からは鴻巣市・ひばり野で、田畑に囲まれた環境の中で育つ。子どもの頃から農業に対して漠然とした憧れを持っていた。大学卒業後は、ゆうちょ銀行に就職。約10年間、金融の仕事に携わる中で、実体のないお金だけが動く世界に違和感を抱くようになる。栃木県佐野市の関塚農場と小川町の下里農場・金子美登さんとの出会いが、農業を仕事として考える転機となった。埼玉県の小川町の河村農場で約2年間の研修を経て、2017年に行田市で就農。現在は、米・麦・大豆や多品種の露地野菜を育てながら、農業体験や直売所「おおけや」の運営など、農と暮らしをつなぐ活動にも取り組んでいる。家族は、妻と中学生の娘、小学生の息子の4人家族。「無理なく、長く続けられる農業」を大切にしながら、行田の地で農ある暮らしを実践している。

——当時、サラリーマンを辞めるのって結構勇気いりませんでしたか?

そうですね。勇気がいるというよりも、辞めて農業を始めるにあたって、周りの理解を得られるかは考えました。

妻に自分の意思を話した際の一言めが「家に土は持ち込まないで」という反応でした(笑)。すごく綺麗好きなのですが、さすがにびっくりしました。仕事を辞める前に、小川町の就農準備校に通ったり、農家の手伝いをしていたので、妻は「そのうち辞めるって言い出しそうだな」と感じていたみたいです。

母は、子どもの頃から自分のことを知っているので驚きもしませんでしたね。一方で、妻のお父さんは新潟出身で、農業の大変さをよく知っている分、「ちょっと難しいんじゃないか」と、理解を得るには時間がかかりました。

——もともとのお仕事は、農業とは関係なかったのですか?

全く関係なかったです。ある意味では正反対の仕事だと思っています。前職のゆうちょ銀行では、お金を扱う仕事をしていました。職場環境やお客さまとのコミニケーションは楽しく自分自身も成長させていただきました。ただ株や投資のように、実体のないところでお金が動くことに、どこか疑問を感じていました。

第一産業が報われるような社会というか、ちゃんと“ものづくり”をしている人がちゃんと報われる社会であるべきだなぁという思いがありました。

——農業をやろうと思い始めたきっかけは?

小さいころから「農業っていいな」というイメージがありました。友達の家が農家だと家が大きかったり、梨農家なら梨が食べ放題だったり(笑)。そんな、ちょっとした憧れですね。

実際に仕事として意識するようになったのは、栃木県佐野市で農業をされている関塚農場の関塚さんとの出会いがきっかけです。関塚さんは、趣味で通っていた羽生の陶芸教室で、知り合ったお母さんの息子さんでした。当時は鉄腕ダッシュなどをみて興味があったので、手伝いに行くようになったんです。その中で「有機農業、やってみれば」と声をかけてもらいました。当時は、給料がなくなる不安があり、悩んでやらないと決めました。今は少し変わってきましたが、非農家が農業を始めるという発想自体が全然なくて、農業は農家の息子が継ぐもの、というイメージが強かったですから。

子供が生まれたことがきっかけで、安心安全なものを食べさせたいと思いました。会社勤めを10年ほど続けて、社会人としての自信がついてきた頃だったので「ダメだったら、また働けばいいか」と思えるようになり、農業に挑戦することを決めました。妻のお父さんにも「うまくいかなかったら、また就職します」と伝え、認めてもらいました。

——決断に悔いはないですか?

今のところはないですね。就農4年目にコロナ禍となり、行動制限のある中でも、自然の中で仕事をしながら家族と過ごすことができました。親として子どもを伸び伸びと過ごさせてあげられる環境があることに、農業という仕事の良さをあらためて感じました。

また令和の米騒動を経て、農業が見直されるようになり、敬意を持ってもらえる機会が増えました。多くのお客さまから感謝の言葉をいただき、やりがいを感じています。たまには「会社を辞めずに、そのまま楽しく働き続ける選択もあったな」とか、休みやお金の面で、「会社勤めの方がよかったかな」と思うこともありますが、農業という仕事は大変だけれど、『幸せや豊かさ』感じる瞬間もあって、良い仕事だと思います。

——就農地として行田を選ばれた理由は?

一番の理由は、地元に近かったことです。私の地元は鴻巣市で、父の墓があり、母も一人で暮らしていたため、実家の近くで農業をしたいと考えていました。埼玉県内で物件を探していたところ、現在の農家住宅と出会い、空き家を活用して居抜きの形で農業を始めることになりました。

——行田に住んでみた印象は?

もともと近隣で育っているので、行田には馴染みがありました。遠足で、さきたま古墳に来たり、ゼリーフライやフライを食べに来たり、学生時代から身近な場所でした。実際に住んでみると、史跡がたくさんあって、自慢できるものも多い町だと思います。高速道路や鉄道を使って、都内や北関東、長野、新潟にもアクセスがよく、やっぱり行田は良い場所だなぁと思いますね。

——農業を始めて、特に大変だったことは?

正直、全部大変です(笑)。最初は売り先を見つけることや、安定して作り続けることに苦労しましたし、特にここ数年は異常な暑さで、夏の暑さ対策をどうするかは大きな課題です。

農業の難しさは、まず自然を相手にしながら、安定して生産すること自体が簡単ではない点にあります。さらに、食品という生ものを扱うため、流通や販売にも高いハードルがあります。体力を使う作業も多く、他の産業と比べても、人が集まりにくい仕事だと感じています。

——資金繰りについてはいかがですか?

資金繰りと言うほど、資金を動かしている感覚はありません。就農当時は国の就農支援があり、研修時代から給付金を受けて、非常に助かりました。貯えも使いながら、必要な機械を少しずつ増やしてきた感じです。

今までは無理のない範囲で続けてきました。今後、借金をして規模を拡大する展開という選択があるかもしれません。どちらにしても楽しいと思える農業の範囲でやっていきたいと思っています。

——農業のノウハウは、どこかで勉強されたのですか?

会社を辞めたあと、小川町の農家で約2年、研修を受けました。会社員時代に小川町の4軒の有機農家を周る就農準備校に通いました。今は「農ある暮らし講座」というのですが、その中で出会った農家さんの一軒にお願いして、研修をさせてもらいました。

——ここまで農業を続けてこられた理由を、どう感じていますか?

2017年1月に就農して、今年で9年目になります。「何とか続けてこられた」というのが正直な実感ですね。有機栽培の野菜やお米を「近くで買えて嬉しい」「ありがたい」と言ってもらえることがあり、そうした声は大きな励みになっています。一方で、労働量と収入のバランスをどう取るかは今でも難しく、これからも向き合っていく課題だと思っています。

——なぜ「農業体験」という形を取り入れようと思ったのでしょうか?

農業をやろうと考えた時に、消費者が生産プロセスを知ってもらうことが良い方向になるだろうと思いました。野菜はスーパーで買うのが当たり前ですが、育つ過程を知ることで、食べることがもっと楽しくなる。作り手も、食べる人も、両方が楽しくなる接点をつくりたいと思いました

その中で「有機農業は、プロセスにすごく魅力があって、体験と相性がいいな」と感じたのが一番のきっかけです。単一の野菜を機械的に大量生産する現場を見るよりも、有機農業は、いろいろな作物を育てたり、種を採って次につないだり、土の中の微生物と共存しながら土づくりをしていく。そういったプロセス自体に、知的な面白さがありますし、それを人に伝えやすい農業だと思ったんです。

最近ではそういったこだわりやプロセスをSNSで発信して販売につなげる農家が増えてきました。

——現在の農業体験は、どんな形ですか?

今は、行田在来青豆大豆の枝豆やさつまいも掘りの収穫体験や味噌作りやスパイスカレー作り体験をしています。

また、「農ある暮らしをデザインする」や「米come(こめかむ)クラブ」といった活動も企画しています。“温故知新” 昔からある日本の伝統的な農的な暮らしを大切にしながら、現代の生活に取り入れていくことを目的に取り組んでいます。

——「農ある暮らしをデザインする」とは、具体的にはどんな考え方なのですか?

最近、畑に敬意を持って関わりたい、農に触れてみたいという人が増えてきたと感じています。ただ、実際に畑を借りて続けていくのは、思っている以上に大変なんですよね。

平日は仕事をして、毎週土日に畑に通い続ける。たとえば1週間行けなかっただけでも、次に行くと草が一気に伸びてしまっていて、そこで心が折れてしまう人も少なくありません。興味を持って挑戦したのに、「自分には向いていなかった」と離れてしまうのは、もったいないなと思ったんです。

そこで、「農ある暮らしは、畑をやることだけじゃない」と考えるようになりました。季節のものを加工して食べたり、収穫体験に参加したりと、無理のない形で日常に農を取り入れていく。そうした関わり方のほうが、現実的で続けやすい場合も多いと思います。

現代では、都会のマンションに住む人もいれば、田舎で戸建て暮らしをする人もいます。一人暮らしから核家族まで、暮らしのかたちは本当にさまざまです。「デザインする」という言葉には、その一人ひとりの暮らしに合った農との関わり方を、みんなで考えていきたい、そんな想いを込めています。

——「米comeクラブ」では、どんな活動をしているのですか?

稲作の一年の流れを体験してもらう活動です。田植えから稲刈りまで、できるだけ手作業で行い、はざ掛けと呼ばれる稲穂干しや、稲わらを保存するための「にお」づくり、羽釜でご飯を炊くといった工程も取り入れています。昔ながらの稲作文化を、体験を通して次の世代につないでいきたいという想いで続けています。

名前は「クラブ」ですが、会員制ではなく、来たいときに参加してもらい、その都度参加費をいただく形です。活動を続けていくための費用については、今後、クラウドファンディングや協賛といった形も視野に入れながら、仕組みを考えていきたいと思っています。

——参加者の中で、特に印象に残っているエピソードはありますか?

「米comeクラブ」では、去年の田植えの時の光景がとても印象に残っています。いつもは普通に田植えをしているのですが、その時は試しに「ジャガイモバケツリレー」というゲームを取り入れてみました。バケツにジャガイモを入れてリレーするだけなんですが、子どもたちはあっという間に泥だらけになって、大はしゃぎでした。その姿を見ているこちらまで、気持ちよくなりましたね。

親御さんたちも、その日は最初から「汚れてもいい服」で来てくれていて、「今日は思いきり汚れていいよ」というスタンスで見守ってくれていました。泥まみれになること自体を一緒に楽しんでくれていたのが、すごくよかったです。中には、目と口のまわり以外は全部泥、まるでムツゴロウみたいな子もいて(笑)、あの光景は今でも忘れられません。

「農ある暮らし」の活動では、キムチ作りなども行っていて、少しずつ顔なじみが増え、サークルや仲間のような雰囲気が生まれています。世代を超えた交流ができるのも、楽しいところですね。

——加工所・直売所「おおけや」という名前に込めた想いと、どんな場所なのかを教えてください。

「おおけや」という名前は、僕の母校・鴻巣東小学校に由来しています。校庭に大きなケヤキの木が2本あって、それを「おおけや」と呼んでいました。そのおおけやの下で守られているような感覚で遊んでいました。

「おおけや」は昨年5月から本格的に動き始めました。これまでは、野菜やお米を予約してもらい、農場で受け取ってもらう形でしたが、せっかく来てもらうなら、醤油や塩などの調味料も一緒に買えた方が便利だと思ったのがきっかけです。結果的には、自然食品店のような形になっています。今は週1回ほどの営業で、少しずつ常連さんも増えてきました。まだ発展途中ですが、これからはもっと内容を充実させて、お客様を増やしていきたいと考えています。

——今後の農業や活動について、挑戦していきたいことはありますか?

これまで「やってみたい」と思ったことは、ある程度形にしてきた感覚があります。これからは新しいことを増やすというよりも、農業生産と直売所、「農ある暮らしをデザインする」や「米comeクラブ」といった社会的な活動を、無理なく安定して回していける状態をつくっていきたいですね。

細かい部分では動物性の堆肥を使わない堆肥づくりにチャレンジします。お客様の声に応えられるような挑戦を、これからも一つずつ積み重ねていきたいですね。

——行田の農業風景について、どんなイメージを持っていますか?

周囲には水田が多いですが、この辺りは土地が少し高く、もともと陸田だった場所を畑として使える地域です。古墳があることからも分かるように作土が深く、土質もとても良い。野菜づくりをしていると、自分が育てているというより、土に育ててもらっているような感覚があります。

行田全体を見ると、大規模な稲作農家が多く、水にも恵まれ、利根川沿いでは区画整理も進んでいます。農業を続けていくには、条件のそろった可能性のある地域だと感じています。

一方で、使われなくなった農地が増えているのは気になるところです。農家と自治体が一緒に、農地や担い手のことを考えていけたらいいですね。地主さんの悩みも、これから少しずつ見えてくる気がしています。

——最後に、行田で何か挑戦してみたい人や、農業に興味を持つ人へメッセージをお願いします。

自分は、「ダメだったらやめてもいいし、戻ってきてもいい」と思いながら、ここまでやってきました。挑戦してうまくいかなければ、また別の道を探せばいい。今は、以前よりも一歩踏み出しやすい時代だと思います。少しでも興味があるなら、まずは動いてみてほしいですね。

ただ、農業は土地を借りて行う以上、簡単に投げ出せない仕事でもあります。そこには貸してくれる人がいて、地域で暮らしている人がいる。そのことをちゃんと受け止めた上で、やると決めたなら、真剣に向き合ってほしいと思います。

一見矛盾しているようですが、挑戦する気持ちと、続ける覚悟、その両方があれば十分です。何より、楽しみながら、長く続けてもらえたらうれしいですね。

片山農場

埼玉県行田市渡柳1470-1
お休み:日曜日
HP:https://katayama-organic-farm.com
片山農場Instagram:https://www.instagram.com/katayamaorganicfarm

※直売所おおけや
営業日:SNSをご確認ください
OPEN:9:30~12:30
おおけやInstagram:https://www.instagram.com/ookeya_organic_shop

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